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私塾元彪学園正門

初心者向け
元彪プロフィール

本名 夏令震 1957年7月26日 香港青山道生まれ。血液型はO型。

サモ・ハン・キンポー、ジャッキー・チェンと同じ中国戯劇学院にて京劇を学ぶ。「元彪」と言う芸名は入学時に于占元校長から名づけられたのを現在でも名乗っているもの。在学中は学院の精鋭メンバー「七小福」として様々な舞台に立つ。その飛びぬけた運動神経については、ジャッキーチェンが「生まれついてのアクロバット師」と自伝の中で語っている。元彪が「生まれついての」なら逆立ちしたまま寝ちゃった元華は「前世からの」アクロバット師って事になるだろーか?

アクション映画のスタントや武術指導としてキャリアを積み、兄弟子のサモ・ハン・キンポーが武術指導を務めた「死亡遊戯(78年)」にてブルース・リーの吹替えに起用され高い評価を受ける。79年の初主演映画「モンキー・フィスト猿拳」を皮切りに多数の映画に主演する。

82年のサモ・ハン作品「ピックポケット」にて武術指導を務めたが、この作品で愛妻・澎秀霞(ディディ・パン)と出会い、翌年結婚。一男一女をもうけ現在に至るまで愛妻家にしてマイホームパパとの定評あり。兄弟子たちとはちと違う?

サモ・ハン、ジャッキーと共演した「プロジェクトA」「スパルタンX」「五福星」が84年日本で立て続けに公開され人気沸騰。85年・87年と2枚のアルバムを出している。84年武道館での「五福星」イベントで元彪が歌った「昴」を聞いたプロデューサーがその歌唱力に惚れこみレコーディングをプッシュした・・・わけではなく、まぁ明らかな「企画モノ」には違いない。が、当時の人気の程が知れる。実はワタクシは遅れてきたファンなので、元彪のアイドル時代を知らないけれど、85年に出たアイドルビデオ「ヤングチャンピオン・ユンピョウ」を観るとかなりブイブイ言わせてたであろう状況を追体験できる。バブルって何でもアリだったのね。てか。

91年には自ら立ち上げた映画会社で初監督作品「香港魔界大戦」を製作。本人もこの作品を気に入っているとの事だが、以降一度もメガホンをとっていない(03年1月現在)。ジャッキーやサモ・ハンがアメリカ進出も含め、プロデュースや監督に益々意欲的なのと対照的に映る。90年代中盤より映画出演の本数も派手な数字ではない。オファーがないせいなのか、本人にやる気がないせいなのかは分らないがギャラの額はトップクラスらしいし、本人があまりがっついてないと言う事かも知れない。

02年には日本・香港合作の「無問題2」が公開され、舞台挨拶の為来日。根強いファンの歓迎を受けた。その前後TVでの露出が増えてかつてのファンから再注目を浴び、映画本編でも大活躍、依然として冴え渡るアクションを見せてくれた。時折BSで放映される「プロジェクトA」等で若い世代のファンも着実に増えている模様。「拳神」での体の線の崩れは多くのファンを驚愕させたが、その後体を絞った様子。次回作への期待は高まっている。

ファンレターには出来る限り本人が目を通しているとの噂。
新作映画での元彪の勇姿を観たい!と思うファンは手紙を出して
元彪をやる気にさせよう!
ゴルフばっかりやってないで映画にも出てくれ〜

06年に事務所も移転、仕事してるらしい元彪へのファンレター宛先

13FLOOR,EVERGLORY CENTRE, NO.1B
KIMBERLEY STREET,TSIM SHA TSUI,
KOWLOON,HONG KONG.
(九龍尖沙咀金巴利街1B恒港中心13樓)

参考文献:「ユン・ピョウ純情マイハート」(勁文社)「キネ旬ムック 香港アクション風雲録」(キネマ旬報社)「I AM JACKIE CHEN」(近代映画社)「デラックスカラーシネアルバム17 ユン・ピョウ」(芳賀書店)「ザ・香港ムービー 上」(徳間書店)